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東京高等裁判所 昭和42年(行ケ)35号 判決

原告 前田美佐子

右訴訟代理人弁護士 吉成重善

松本光郎

右訴訟復代理人弁護士 佐藤富造

被告 東京都選挙管理委員会

右代表者委員長 染野愛

右指定代理人、東京都選挙管理委員会書記 田中佐十

〈ほか二名〉

右訴訟代理人弁護士 鎌田久仁夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「昭和四二年一月二九日執行の衆議院議員選挙の東京第四区における選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

第一、原告は、昭和四二年一月二九日執行された衆議院議員選挙の東京第四区における選挙人であるが、右第四区における議員の定員は五名であるところ、訴外小峰柳多、同帆足計を含む一〇名が立候補し、投票の結果、小峰柳多、帆足計はいずれも当選者と決定せられた。

第二、しかしながら、右第四区における選挙(以下本件選挙という)には、次に述べるような選挙の管理執行に関する規定違背があった。すなわち、

(一)  本件選挙の選挙運動期間中である昭和四二年一月二七日、国会内電報電話局から、「サイゴノゴドリヨクヲコミネリユウタノタメタノムカンジチヨウフクダタケヲ」なる旨の電報約一万三、〇〇〇通が本件選挙区内の有権者に宛て発信、送達せられた。右電報は、何人が打電したものであるかは不明であるが(福田赴夫が打電したと主張するものではない)、自由民主党公認の候補者小峰柳多に当選を得させるために、同党の総裁に次ぐ有力幹部である幹事長訴外福田赴夫名義をもって、同候補者に対する投票を依頼する趣旨で発せられたもので、違反文書であることが明らかである。右のような電報を接受した有権者としては、右電報がその発信名義人である福田赴夫によって打電されたものと信ずるのが通常であるから、右電報を受けた有権者は、いずれもこれによって候補者小峰柳多に投票する決意を固めたものと考えられる。したがって、右電報の送達により、同候補者に対する投票数は相当多数増加し、本件選挙の結果に影響を与えたものというべきである。ところで、右電報の大量配布の事実は、投票日の前日である同月二八日の新聞に報道され、右報道により被告は右違反行為の行われたことを了知したものであるから、被告としては、選挙の公正を維持するため急遽十分な措置を講ずべき義務があるのに、これを怠り、慢然、選挙を執行したことは、選挙の管理執行に関する規定に違背したものといわなければならない。

(二)  本件選挙に際し、被告が本件選挙区内の有権者に配布した選挙公報に、(1)、候補者小峰柳多の掲載文中、同候補者の公約として、「在外資産、傷痍軍人、遺家族等に対する最終的な措置を行い、戦後処理にけじめをつける。」旨の記載が、(2)、候補者帆足計の掲載文中、「東京都を美しい都に」と題し、「現在の外廓環状高速道路案をもっと郊外に移す。中野刑務所の郊外移動。」なる旨の記載が、それぞれ掲載された。右各掲載文は、いずれも公職選挙法第二二一条第一項第二号の規定により禁止されている特殊の直接な利害関係を利用して有権者を誘導する行為に該ることが明白で、これによって、候補者小峰柳多および候補者帆足計に対する投票が増加し、本件選挙の結果に影響を及ぼしたことは必然である。ところで、公職選挙法第一六九条第二項には、「掲載文又はその写を原文のまま選挙公報に掲載しなければならない」旨規定しているが、選挙の公正な管理執行を保持するためには、掲載文にして選挙の公正を害するもの、またはその虞のあるものについては、選挙管理委員会においてその掲載を拒否することができ、かつ拒否すべき義務があるものと解するのが相当である。上記選挙公報に掲載の各掲載文は、いずれも利害誘導行為に該り、法の禁ずるところであるから、被告はその掲載を拒否すべき法律上の義務があったに拘わらず、これを怠り、上記各掲載文を選挙公報に掲載したのは、前記法条の解釈を誤り、選挙の管理執行に関する規定に違背したものというべきである。

第三、以上の如く、本件選挙においては、上記(一)および(二)のような選挙の管理執行に関する規定違背が存し、右の違法は本件選挙の結果に異動を及ぼす虞があることが明らかであるから、本件選挙は無効であるといわなければならない。よって、請求趣旨記載のとおりの判決を求める。

被告代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の請求原因事実のうち、原告主張の衆議院議員選挙が執行され、原告が東京第四区における選挙人であったこと、本件選挙において被告が発行配布した選挙公報中、候補者小峰柳多、同帆足計の掲載文に、原告主張のような各記載が掲載されたこと、および昭和四二年一月二八日の新聞に原告主張の電報の大量配布の事実が報道されたことは認めるが、原告主張の電報が有権者に送達されたことは不知、その余の原告主張事実はいずれも争う。仮りに、原告主張のような電報が大量に配布され、また選挙公報に掲載された右各掲載文が利害誘導行為に該当するとしても、それらはいずれも選挙の取締規定違反の問題であって、選挙の管理執行に関する規定違反ではないから、本件選挙の無効原因となすことはできない。また、選挙管理委員会は、候補者の申請提出に係る掲載文を原文のまま選挙公報に掲載すべきものとせられており、その内容を審査検討して掲載を拒否することはできないものである。」と述べた。

証拠≪省略≫

理由

一、原告が昭和四二年一月二九日執行の衆議院議員選挙の東京第四区における選挙人であったこと、右第四区において訴外小峰柳多および同帆足計がそれぞれ立候補したことは、当事者間に争がない。

二、原告は、本件選挙につき、無効原因が存する旨主張する。ところで、公職選挙法第二〇五条第一項にいう選挙の無効を来すべき「選挙の現定に違反する」とは、主として選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反するとき、または直接かような明文の規定はないが、選挙法の基本理念たる選挙の自由公正が著しく阻害されるときを指すものと解するのが相当である。そこで当裁判所は、右のような見解を基礎として、本件において原告が選挙無効の原因として指摘する諸点について判断する。

(一)  (福田赳夫名義による電報配付に関する点)

昭和四二年一月二七日、原告主張のような福田赳夫名義の電報約一万三、〇〇〇通が本件選挙区の有権者に宛てて発信、送達せられたとすれば、右電報は、その電文の内容からして候補者小峰柳多に対する投票を依頼する趣旨のもので、選挙運動のために使用する意図の下に打電、配布されたものと認めざるを得ない。しかしながら、右電報の配布行為は、たんに選挙運動の取締規定である公職選挙法第一四二条の規定に違反し、同法第二四三条第三号により処罰の対象となるのは格別、未だ右電報の配付行為自体が選挙の管理執行に関する規定に違反するものといい得ないことは明らかである。そればかりでなく、本件選挙において、東京第四区の有権者総数は八三万九、七四九名で、投票総数は五三万五、一九五票であったことは一般公知の事実であり、他面、原告の主張自体からしても、右電報は、本来政府機関である官憲とは別個独立の自由民主党の幹事長福田赳夫の名義によって打電、配布されたものにすぎず、しかも福田赳夫本人の意思に基き打電されたものであることの主張のない本件事実関係と対照して考えるときは、たとえ右福田赳夫が原告主張の如く、自由民主党の有力幹部であり、かつ右電報の数が約一万三、〇〇〇通に及ぶものであったとしても、右電報の配布行為は、未だこれをもって本件選挙を無効としなければならない程、選挙の自由、公正を著しく害するものであったとまでは、とうてい認めることはできない。

原告は、被告は投票日の前日である昭和四二年一月二八日の新聞報道により右電報の大量配布の事実を了知したのに、選挙の公正を維持するため急遽十分な措置を講じなかったのは、選挙の管理執行に関する規定に違背するものである旨主張する。本件選挙の投票日の前日である昭和四二年一月二八日の新聞に右電報の大量配布の事実が報道せられたことは当事者間に争がない。しかしながら、たとえ右新聞報道により、被告において上記電報配布の違反行為の行われた事実を了知したとしても、被告がこれを知ったのは、本件投票日の前日であって、しかもすでに右違反行為が完了していた後のことであり、かつ右電報の配布は本件選挙の選挙運動期間を通じ反覆、継続して行われたものでないことは、原告の主張自体から明白であるから、かかる場合、投票日前、被告において右電報の発信者を探索して、これに警告の措置を採ることは事実上不可能に近く、したがって被告が、かかる措置を採らなかったにしても、なんら選挙の管理執行に関する義務違背になるべきいわれはない。もっとも、選挙管理委員会は、公職選挙法第六条の規定により、選挙の際における投票の方法、選挙違反、その他選挙に関し必要な事項を選挙人に周知せしめる責務を課せられてはいるが、同規定はいわゆる訓示規定であって効力規定ではないと解するのが相当であるばかりでなく、右規定は、選挙管理委員会に対し、選挙運動の取締規定違反の行為が行われた都度、一々その違反行為のあったことを選挙人に周知徹底させるための措置を講じなければならない義務までも課した趣旨のものと解することは相当でないから、たとえ、被告が上記電報配布の違反行為の行われた事実を了知しながら、これを選挙人に周知せしめるための措置を採らなかったにしても、選挙の管理執行に関する規定に違背したものということはできない。原告の右主張は採用できない。

(二)  (原告主張の選挙公報の掲載文に関する点)

次に、本件選挙に際し、被告が本件選挙区の有権者に配布した選挙公報に、(1)、候補者小峰柳多の掲載文中、同候補者の公約として、「在外資産、傷痍軍人、遺家族等に対する最終的な措置を行い、戦後処理にけじめをつける。」旨の記載が、(2)、候補者帆足計の掲載文中、「東京都を美しい都に」と題し、「現在の外廓環状高速道路案をもっと郊外に移す。中野刑務所の郊外移動。」なる旨の記載が、それぞれ掲載されていたことは当事者間に争がない。

原告は、右(1)および(2)の各掲載文は、いずれも公職選挙法第二二一条第一項第二号にいう特殊な直接利害関係を利用して有権者を誘導する行為に該ることが明らかであるから、被告においてその掲載を拒否すべき法律上の義務があるに拘わらず、これを拒否することなく選挙公報に掲載したのは、選挙の管理執行に関する規定に違背したものである旨主張する。按ずるに、選挙公報は、各候補者の氏名、経歴、政見等を掲載して、公の機関である選挙管理委員会から有権者の属する各世帯に配布されるものであるから(公職選挙法第一六七条、第一七〇条)、候補者にとっては、自己の氏名、経歴、政見等を有権者に知らしめる手段として最も有力かつ確実な方法であり、他面、選挙人にとっても、各候補者の氏名、経歴、政見等を知り、その選挙権を適確に行使するについての重要なる資料となるものであることは、言うをまたないところである。したがって、もし選挙管理委員会において、候補者の申請に係る掲載文における政見等の内容を審査検討して、任意にその掲載の許否を決し得るものとなすときは、候補者の政見等の発表の自由を侵害もしくは侵害する虞があって、候補者の選挙活動に対し不当な制限、干渉を加える結果となり兼ねないばかりでなく、選挙人をして適確な選挙権の行使を誤らしめる虞があり、ひいては選挙の自由、公正を害するに至るべき危険があるといわなければならない。公職選挙法第一六九条第二項が、選挙管理委員会は掲載文の申請があったときは、掲載文を原文のまま選挙公報に掲載しなければならない旨明定しているのは、上記のような選挙公報のもつ意義、役割に鑑み、叙上の如き危険の発生を防止し、もって選挙の自由、公正を保障せんとする趣旨にでたものと解せられる。したがって、候補者の申請に係る掲載文の内容が甚しく公序良俗に反し、一般通常人ならば何人といえども、その公表を許し得ないものと認めることが一見して明白であるような極端な場合は格別とし、しからざる限り選挙管理委員会は、候補者の提出した掲載文を原文のまま選挙公報に掲載すべく、みだりにその内容を審査検討してその掲載の許否を決することは許されないものであって、たとえ候補者の提出した掲載文の内容が、法令違反に該る疑がある場合でも、前記のように甚しく公序良俗に反することが一見明白であるような極端な場合を除いては、単に事実上の措置として、当該候補者に対し一応の注意を与え、その任意の修正を促がすことはできるにしても、当該候補者においてこれに応じないときは、すべからく原文のまま掲載しなければならないものと解するを相当とする。しかして、上記(1)および(2)の各掲載文の内容は、未だ前記のような甚しく公序良俗に反することが一見明白であるような極端な場合に該るものとは解し得ないから、それが、公職選挙法第二二一条第一項第二号に規定するいわゆる利害関係誘導行為に該当するものであるかどうかの判断は、しばらく措き、仮りに原告の主張する如くこれに該るものと解するにしても、被告においてその掲載を拒否することなく、上記のとおり原文のまま、これを選挙公報に掲載したのは、相当な措置であったというべく、右被告の措置は、なんら選挙の管理執行に関する規定である同法第一六九条第二項の規定に違背するところはないといわなければならない。それ故、この点に関する原告の主張も採用の限りでない。

三、以上のとおり本件選挙については、原告主張のような選挙の管理執行に関する規定違背の点は存しないから、右違背のあることを前提として、本件選挙の無効宣言を求める原告の本訴請求は理由がなく、失当として棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 土井王明 判事 兼築義春 高橋正憲)

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